タレント
1977年、京都の伏見工業高校でラグビーを始め、全日本高校代表として英国およびニュージーランドへ遠征。卒業後は同志社大学へと進み、学生日本一(4回)に貢献。
84年、ニュージーランドのカンタベリー大学にラグビー留学。帰国後、神戸製鋼に入社。
世界選抜の一員としてオールブラックス・南アフリカ選抜と対戦。日本選手権7連覇の偉業を成し遂げる。日本代表のキャップ数(代表選出回数)は30を誇る。97年、現役引退後は、ユニークなキャラクターからテレビ・ラジオで活躍。一方、ラグビーの底辺拡大を目指して講演会や指導に全国を飛び回っている。2007年4月より、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士課程に在籍。08年7月より、香川大学客員教授就任。京都市社会教育委員も務め、スポーツと青少年育成に取り組む。12年1月より、芦屋大学特任教授に就任。
芦屋学園スポーツモダニズムプロジェクトのリーダーとして、スポーツ教育に活用した人材育成など、さまざまな活動に取り組んでいる。12年7月より芦屋学園中学校・高等学校の校長に就任、17年3月に退任。
講演会
ラグビーとは無縁だった私を変えた恩師・山口先生との出逢い。
あの時、先生と出会わなければどんな人間になっていたのか、今となっては想像できません。
人生そのものを根本から変えてしまう「出逢い」。それは確かに存在します。
現役を引退した後、ラグビーを通じた出逢いがますます増えた私は幸運です。
こういった出逢いの素晴らしさを是非1人でも多くの人々に実感してもらいたいという
熱い思いをこめた講演です。
喜怒哀楽に乏しく、嬉々とした輝きが失われているように見える今の子どもたちの瞳。
一方で、周囲の大人たちの口から出る言葉は教育の難しさであり、豊かな心を育むことの難しさ。
競争が当たり前の現代社会にあって、無気力・無感動な瞳が増えつつある中で、
今度は自分が子どもたちの瞳をのぞきこんで夢を伝えていく立場にあると日々感じています。
スポーツを通じて青少年の育成と社会貢献について力を注いでいる。
これらの経験に基づいて子どもに夢を伝える方法を語ります。
地域のつながりが希薄になったといわれる昨今ですが、
青少年の育成において地域や学校の連携は大切だと考えます。
2005年同志社大学大学院総合政策科学研究科へ進学し、
地域スポーツクラブによる青少年育成システム構築に関して研究する傍ら地域に住んでいる
住民の一人ひとりが「地域で青少年を教育・育成していく」という当事者意識をもってもらうことの
大切さや、地域住民と学校側とが相互理解を得られるようなまちづくりや
活動についての講演も行っています。